爾時であつた。あの四谷見附の火の見櫓は、窓に血をはめたやうな兩眼を※いて、天に冲する、素裸の魔の形に變じた。
 土手の松の、一樹、一幹。※※に肱を張つて突立つた、赤き、黒き、青き鬼に見えた。
 が、あらず、それも、後に思へば、火を防がんがために粉骨したまふ、焦身の仁王の像であつた。
 早や、煙に包まれたやうに息苦しい。
 私は婦人と婦人との間を拾つて、密と大道の夜氣に頭を冷さうとした。――若い母さんに觸るまいと、ひよいと腰を浮かして出た、はずみに、此の婦人の上にかざした蛇目傘の下へ入つて、頭が支へた。ガサリと落すと、響に、一時の、うつゝの睡を覺すであらう。手を其の傘に支へて、ほし棹にかけたまゝ、ふら/\と宙に泳いだ。……この中でも可笑い事がある。
 ――前刻、草あぜに立てた傘が、パサリと、ひとりで倒れると、下に寢た女中が、
「地震。」
 と言つて、むくと起返る背中に、ひつたりと其の傘をかぶつて、首と兩手をばた/\と動かした……

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